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アルテミジアの生涯

1593年–1654年以降
アルテミジア・ジェンティレスキは1593年、ローマに生まれた。画家オラツィオ・ジェンティレスキの娘で、父の工房で絵を学んだ。1610年の《スザンナと長老たち》は最初期の署名・年記のある作品で、十代から大きな人物画に取り組んでいたことが分かる。
1612年には、画家アゴスティーノ・タッシによる性暴力をめぐる裁判で証言した。その後フィレンツェへ移り、メディチ家やブオナローティ家の注文を受けた。この出来事は重要な歴史だが、全作品を一つの体験への反応として説明することはできない。彼女は画家として主題、構図こうず、注文主に応じた仕事を続けた。
ユディトやスザンナ、マグダラのマリアなど、物語の中で選択を迫られる女性を多く描いた。強い明暗だけでなく、体の向き、手の動き、人物同士の距離で気持ちを伝える。ナポリ版とウフィツィ版の《ホロフェルネスの首を斬るユディト》を比べると、同じ題材を繰り返しても画面を描き直したことが分かる。
ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアを経てナポリに拠点を置き、教会や宮廷の注文にも応えた。プラド美術館の《洗礼者せんれいしゃヨハネの誕生》やポッツオーリの祭壇画さいだんがは、個人のための小さな絵とは違う活動を示す。1630年代後半にはロンドンへ渡り、王室と関わる仕事もした。
《絵画の寓意としての自画像》では、筆を持って働く自分を描き、画家という仕事そのものを主題にした。生涯の終わりは1654年以降とされ、正確な没年には資料による違いがある。今日の高い評価は、劇的な物語画だけでなく、自画像、宗教画、大画面の注文を含む長い制作活動に支えられている。
ナポリでは教会の大画面やスペイン王宮向けの連作も手がけた。
出典:ロンドン・ナショナル・ギャラリー 作家解説 / メトロポリタン美術館《エステルとアハシュエロス》 / ロイヤル・コレクション アルテミジア紹介(2026-09-26 確認)
没年は1654年以降とし、単一の年に断定しない。1612年の裁判は史実として記すが、個々の作品の動機に短絡させない。
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この画家について本で読む

アルテミジア・ジェンティレスキ 女性画家が生きたナポリ
川合真木子 著 / 晃洋書房
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