ムリーリョは1617年頃、スペイン南部のセビーリャに生まれ、生涯の仕事の多くをこの街で残しました。聖母や聖人を描く宗教画と、街の子どもが食べたり遊んだりする絵。その両方を見ていくと、遠い物語を、身近な体や表情から見せた画家であることが分かります。
初期の作品には、ベラスケスやスルバランの絵とのつながりが見られます。暗い場所に光を入れ、顔や手、粗い衣服や器を浮かび上がらせました。1640年代半ばのサン・フランシスコ修道院の仕事では、台所の日用品と天使の奇跡を同じ大きな絵に描いています。
1658年にはマドリードを訪れています。ルーベンスやヴァン・ダイク、イタリアの画家たちの作品を知る機会が、その表現の幅を広げたと考えられています。衣や雲の輪郭は柔らかくなり、光の中へ溶けるような聖母像を繰り返し描きました。一方で、自画像の石枠や窓辺の女性には、絵の中と見る人のいる場所を近づける工夫も見られます。
仕事を支えたのは、教会や修道院、慈善の兄弟会、個人の注文主でした。フスティーノ・デ・ネーベのような友人でもある支援者を描き、カリダー施療院には、病人を世話し、渇く人へ水を与える大作を残しています。ただし、親しみやすい絵を描くことと、人柄の評価は同じではありません。奴隷とされた人々を所有していたことも記録されています。
1682年にセビーリャで亡くなりました。ムリーリョを見る時は、柔らかな聖母像だけで終わらず、少年の笑顔、手入れされる体、肖像画の手、群衆の中の一人まで、視線を広げてみてください。同じ身近さが、遊びにも信仰にも、世話をする仕事にも使われていることが見えてきます。
「ナプキンの聖母」は、本物のナプキンではなくカンヴァスに描かれている。
出典:ロンドン・ナショナル・ギャラリー:ムリーリョ / ロンドン・ナショナル・ギャラリー:作品記録 / ロンドン・ナショナル・ギャラリー:作品記録 / ロンドン・ナショナル・ギャラリー:作品記録 / セビーリャ美術館:作品記録(2026-10-18 確認)
制作年代や人物の同定は、採用資料の留保を保持しています。生年は1617年頃として紹介。人物紹介には1670年頃の本人の自画像を使用。
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