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カナレットの生涯

1697–1768
カナレットは1697年、ヴェネツィアに生まれました。本名はジョヴァンニ・アントニオ・カナルです。父ベルナルドは劇場の舞台背景を描く画家で、息子もその仕事から出発しました。建物をどのように並べ、奥行きをどう見せるか。のちの都市の風景を楽しむときにも、舞台から始まった歩みを思い出せます。
1719〜1720年にはローマを訪れ、その後、ヴェネツィアの街を描く仕事へ向かいます。初期の《サン・マルコ広場》には壮大な建築があり、《石工の仕事場》には修復の仕事や子どものいる暮らしがあります。名所だけでなく、それを使い、手入れする人までいることが、この画家の街を歩く楽しさです。
18世紀には、ヨーロッパの裕福な若者がイタリアなどを巡る「グランド・ツアー」が広まりました。ヴェネツィアの眺めは旅人たちに好まれ、商人で収集家のジョゼフ・スミスが、カナレットとイギリスの客を結ぶ大切な役割を担います。運河や祝祭の絵には、遠い国へ持ち帰って眺めたくなる細部が詰まっています。
1746年にはイギリスへ渡り、1750年代半ばまで、ロンドンや各地の風景を描きました。テムズ川の行列、城、橋、音楽を楽しむ円い大広間まで、題材は広がります。舟の行き交う水辺と、人の集まる場所。土地が変わっても、ヴェネツィアで磨いた目の働きを見つけられます。
カナレットの眺めは、細かく描かれていても、見えた通りを一つずつ写しただけではありません。《新行政館の柱廊》ではアーチを広げ、柱を一本省きました。実在の建物などを組み合わせるカプリッチョにも取り組みます。場所をよく知る力と、見たい風景を組み立てる力の両方が、その仕事を支えています。
故郷へ戻ってからも絵と素描そびょうを続け、1763年にはヴェネツィアの美術アカデミー会員となりました。晩年の《ヴェネツィアの昇天祭》には、細い線で描かれた舟と人々が集まっています。1768年、70歳でヴェネツィアに没しました。初期の広場から最後の祭りまで見ると、建物の正確さだけでは尽くせない、街のにぎわいを描く画家の姿が浮かびます。
カプリッチョは、建物などを組み合わせてつくる想像の風景。
出典:ナショナル・ギャラリー(ロンドン) カナレット略歴 / ティッセン=ボルネミッサ国立美術館 カナレット略歴 / アイルランド国立美術館 カナレット展の教育資料 / NGA研究目録 Italian Paintings of the Seventeenth and Eighteenth Centuries(1996)(2026-10-17 確認)
同じ題名や場所を描いた別作品は、所蔵先と目録番号で区別しています。イギリスでの活動期間の終わりには資料による幅があり、1750年代半ばとしています。
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