アンリ・ルソーは1844年、フランス西部のラヴァルに生まれた。若い頃に軍務を経験したが、メキシコへ従軍したという後世の物語には根拠がなく、実際にはフランスを大きく離れていない。
パリで入市税を扱う役所に勤めたことから「税関吏ルソー」と呼ばれる。ただし税関の検査官ではなく、市の通行税部門の職員だった。仕事を続けながら絵を描き、1880年代から審査のないアンデパンダン展へ出品した。
専門的な美術学校で長く訓練を受けず、遠近法や人体の形は官学的な基準から外れて見えた。そのため批評家に笑われることもあったが、ルソー自身は大画家を目指し、画面を慎重に組み立てた。
1891年の《驚き!》から、密林は代表的な主題になった。ルソーは熱帯へ旅行せず、パリの植物園と動物園、博物館、雑誌や印刷物で見た植物と動物を組み合わせた。
素朴派とは、正規の美術教育から距離のある画家の率直で単純化された表現を指すことが多い。ただし「子どものように何も考えず描いた」という意味ではない。ルソーの葉、枝、人物は繰り返しと左右の釣り合いで計画されている。
《戦争》では社会の暴力を寓意へ変え、《眠るジプシー女》では砂漠の静けさと危険を並べた。後期の密林画では、現実に同時には生えない植物や住まない動物を一つの舞台へ集めている。
1900年代にはピカソ、アポリネール、ドローネーら若い前衛の芸術家がルソーを評価した。1908年にはピカソのアトリエでルソーをたたえる宴が開かれたが、称賛には冗談めいた面もあり、単純な美談にはしない。
1910年、パリで死去。同年の《夢》は、現実の観察、印刷物、記憶、想像を一枚の密林へ重ねた。技術の不足として笑われた平らな空間は、後の画家たちに既成の写実から離れる可能性を見せた。
熱帯へ旅行せず、植物園、動物園、雑誌などから密林を想像した。
出典:ロンドン・ナショナル・ギャラリー《驚き!》作品解説 / ニューヨーク近代美術館 ルソー略歴・作品一覧 / オルセー美術館 ルソー記録(2026-09-11 確認)
メキシコ従軍伝説と『税関吏』の実職を訂正し、素朴派を無計画な制作と説明しない。
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