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ポントルモの生涯

1494年–1556/1557年
ポントルモは1494年、フィレンツェ近郊エンポリのポントルメに生まれました。本名はヤコポ・カルッチで、よく知られる呼び名は生まれた土地に由来します。フィレンツェでアンドレア・デル・サルトのもとに学び、若い時期から大きな壁画や祭壇画さいだんがを手がけました。
初期の《聖母訪問》では、建物や大勢の人が物語の舞台を作ります。一方、ボルゲリーニ家のヨセフ連作れんさくでは、一枚の中に違う時の出来事を並べています。階段や人の身ぶりを目でたどると、物語が先へ進む。この仕掛けも、色彩と並ぶ大切な見どころです。
1523年の疫病の時期には、ガッルッツォの修道院しゅうどういんで受難の壁画を描きました。イタリアの画家だけでなく、デューラーら北方の版画はんがも学ぶ材料でした。続くカッポーニ礼拝堂では、淡い桃色や青の衣、折り重なる身体、壁を隔てて呼び合う身ぶりが、独特の世界を作ります。
ポントルモの仕事は宗教画だけではありません。メディチ家の人々や青年の肖像、庭の神話を描く壁画、出産祝いの盆も残ります。同じ画家の作品でも、教会で見上げる絵と、家族の手元に置かれる品では役割が違います。使われる場所や相手を知ると、身体や持ち物の描き方も見えやすくなります。
晩年の1546〜1556年には、サン・ロレンツォ聖堂の大きな壁画に取り組みましたが、その壁画は1742年に失われました。本人の日記も残っています。没年は1556年または1557年とされます。ここでは帰属の確かな現存作を中心に初期から後期を辿り、失われた大作まで写真で見られるような扱いはしていません。
「ポントルモ」という呼び名は、故郷ポントルメに由来します。本名はヤコポ・カルッチです。
出典:ロンドン・ナショナル・ギャラリー:ポントルモの生涯 / イタリア文化省・文化財総合目録:聖母訪問 / ロンドン・ナショナル・ギャラリー:エジプトのヨセフとヤコブ / イタリア文化省・文化財記録:復活 / 修復者ダニエーレ・ロッシ:カッポーニ礼拝堂の修復・分析 / ウフィツィ美術館:出産祝いの盆(2026-10-20 確認)
制作時年齢・享年は概算。没年は1556年または1557年。紹介肖像は1568年版列伝の没後の木版画で自画像ではない。
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