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シモーネの生涯

1284年頃–1344年
シモーネ・マルティーニは13世紀末頃にシエナで生まれたと考えられる。若い頃の修業を確実に示す記録は限られ、ドゥッチョとの関係も作品の比較から慎重に考える必要がある。
1315年にシエナのパラッツォ・プッブリコで《マエスタ》を完成し、のちに加筆した。市政の場に守護者の聖母を描き、色と金、異なる素材を組み合わせて公共空間にふさわしい大壁画を作った。
ナポリでは、聖ルイが弟ロベルトへ王冠を授ける祭壇画さいだんがに関わった。聖人への崇敬と王家の政治を、豪華な金地と上下に並ぶ冠の図像へまとめた。
シエナに戻ると、聖人の奇跡を複数の小場面で読ませる《福者アゴスティーノ・ノヴェッロの祭壇画》などを制作した。大壁画から近くで読む板絵まで、使われる場所に応じて人物の大きさと物語の密度を変えた。
1333年の《受胎告知じゅたいこくち》はリッポ・メンミとの共同制作として署名される。天使の言葉を金文字で描き、聖母が身を引く小さな動作へ出来事の緊張を集めた。共同制作者の役割を消して一人の仕事としない。
シエナの騎馬像《グイドリッチョ・ダ・フォリアーノ》は長く彼の作品とされてきたが、現在も制作時期と作者の帰属が議論される。本人の確実な壁画と同列に置かず、都市の記憶を描く作例として紹介する。
晩年は教皇庁のあったアヴィニョンへ移り、詩人ペトラルカとの交流も伝わる。1342年の《神殿で見つかったキリスト》では、金地の前で三人の身振りだけを使い、家族の複雑な対話を描いた。
1344年にアヴィニョンで亡くなった。シエナの公共の部屋、ナポリの王家、アヴィニョンの宮廷へと活動を広げたが、その作品を一つの装飾様式だけでまとめず、場面ごとの見せ方を比べたい。
1333年の《受胎告知》にはリッポ・メンミとの共同署名がある。
出典:ナショナル・ギャラリー・オブ・アート 作家解説 / シエナ市立美術館《マエスタ》 / ウフィツィ美術館《受胎告知》(2026-09-23 確認)
共同制作、帰属と制作年代の議論を断定しない。
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