ウィンスロー・ホーマーは1836年、アメリカのボストンに生まれた。石版画や雑誌挿絵の仕事から出発し、1859年にニューヨークへ移った。
南北戦争中には『ハーパーズ・ウィークリー』の従軍画家として前線を訪れた。終戦後の絵では、兵士の帰還や捕虜の対面を通じ、戦争が人々に残したものへ目を向けている。
1870年代には、田園の子どもや海辺の人々、奴隷解放後の黒人社会を描いた。油彩と並んで水彩にも取り組み、1875年までに挿絵の仕事から離れた。
1881〜1882年には英国北東部の漁村カラーコーツで暮らした。海のそばで働く女性たちを描いた経験は、人物を大きく据える水彩画にもつながっている。
1880年代にメイン州プラウツ・ネックへ活動の拠点を移し、岩場と海を繰り返し描いた。冬にはカリブ海やフロリダなどへ出かけ、水彩で明るい土地の風景も捉えた。
1910年、プラウツ・ネックで死去した。油彩の重い波しぶきと、水彩で残す紙の白。同じ海の光や動きが、材料によってどう変わるかを見比べられる画家である。
《北東の嵐》では、初めに描いていた二人の人物を後から消している。
出典:メトロポリタン美術館 ホーマーの画業 / ポートランド美術館 ホーマーのアトリエ(2026-10-16 確認)
生涯の移住年は資料差があるため1880年代と表示。作品固有の解釈と描写は各作品の出典に記録。
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