壁いっぱいに最後の審判の絵が掛かっている。その額の下辺が、秤のある側だけわずかに上がっている。館はこれを、天秤の居場所を作るための操作だと見る。皿が暗い額に重ならず、漆喰の壁を背にするように、絵の中の絵の方をずらしたのである。つり合いを見せるために、部屋の側を歪めたことになる。量っているものは、いまも決まっていない。
何が描かれているか
部屋の隅に女が立っている。頭に白い麻の布をかぶり、白い毛皮で縁どった青い上着を着ている。右手に小さな天秤を持ち、腕を軽く上げている。
天秤の皿には何も載っていない。館によれば、竿はつり合っている。もう一方の手は卓の縁に置かれ、女は目を伏せている。
作品の見どころ
裁くことは、量ることである。館はそう書いて、女と背後の最後の審判を結びつけている。ロヨラの霊操には、祈りに入る前にまず自分の良心を調べ、審判の日を前にしたつもりで自分の罪を量れ、という教えがある。館は、この絵の場面をそこに近いものとして読む。
女は、卓の上の金や真珠と、壁の絵が示す行いの果てとのあいだに立っている。館の読みでは、この絵は控えめに、ほどよく生きよと言っている。何を量っているのかは、描かれていない。
制作背景
天秤を持つ手は、額の暗い隅のちょうど前にある。秤そのものは、何も塗っていない漆喰の壁を背にしている。館はこれを、フェルメールが空間をわずかに操って作った効果だと見ている。
その証拠として館が挙げるのが、額の下辺である。秤のある側では、女の背中の側より、わずかに高い。天秤を置く場所を作るために、絵の中の絵の方を動かしたことになる。