金の光背さえ無ければ、若い母が息子と遊んでいるだけの絵に見える。そう書いているのはエルミタージュ美術館自身である。二人ともこちらを見ていない。祈りを受けるために正面を向く、それまでの聖母子とは別のものになった。館はこれを当時としては前衛的な初期作とし、姿勢と身振りの自然さが生命の錯覚を生んでいる、と説明する。
何が描かれているか
若い母親が、膝の子どもに小さな花を見せている。子どもはそれを掴もうとして、うまくいかない。
エルミタージュ美術館の描写はこうだ。見慣れないものに手を伸ばし、不器用に掴もうとしながら、母がこの新しいおもちゃを取り上げてしまわないよう、自分の小さな手で母の手を押さえている。
作品の見どころ
金の光背が無ければ、若いイタリア女性が息子と遊んでいる風俗画として通ってしまいかねない。美術館自身がそう書いている。それまでの聖母子像は正面を向き、祈られるために描かれていた。この絵の二人は、こちらを見ていない。
美術館はこれを画家の初期作とし、その時代にあって前衛的な作品だったとする。「ポーズと身振りの自然さ、光と空気の手ざわり。ここではすべてが生命の錯覚を生み出している」というのが、美術館の言葉である。
制作背景
母が手にしている花について、美術館は花弁が十字の形に並んだタネツケバナだとし、来たるべき磔刑の象徴だと説明する。マリア自身はそれに気づいていないように見える、とも書いている。植物の同定も象徴の読みも美術館の解釈で、根拠となる研究は示されていない。
通称は、描かれた人でも注文した人でもなく、最後の持ち主から来ている。宮廷建築家レオンティ・ブノワの妻が持っていたので、この呼び名になった。エルミタージュ美術館がこれを取得したのは1914年である。