いつ描かれたのかが決まっていない。館は1492年から1501年の間としているが、ペドレッティという研究者は1508年頃を出した。どちらもこの絵の紹介に並べて書かれている。40歳の仕事なのか、56歳の仕事なのか。真筆かどうかも1896年に一度疑われ、その後の研究者が本人の作だと言い直した。大きさは手のひらに載るほどしかない。
何が描かれているか
うつむき加減の若い女性の頭部。24.7×21センチしかない、手のひらに載る大きさの板絵である。現存するレオナルドの絵のなかで、いちばん小さい。
顔は精密に描かれている。あいまいに微笑み、まぶたが少し腫れている。ところが頭のまわりの髪は、蛇行する線のまま止まっていて、肩に落ちるあたりではほとんど描かれていない。
作品の見どころ
この絵は下絵ではない、というのが美術館の立場である。ピロッタ宮の国立美術館は、これを三通りに言い換えている。考えを目に見える形に翻訳したもの。様式の練習。そして、それ自体に価値のある独立した作品。
とはいえ、何のために描かれたのかは分かっていない。レダのための習作だという説、聖アンナのための習作だという説、岩窟の聖母のための習作だという説がある。決着はしていない。仕上げた所と放り出した所が、1枚の中で同居している絵だ。
制作背景
この絵が記録に現れるのは1826年である。パオロ・トスキが、パルマの美術学校の校長に購入を勧める手紙の目録で、これを「明暗で描かれた聖母の頭部」と呼んでいる。パルマの美術学校が購入を承認したのは1839年6月7日。カッラーニという画家のコレクションから来ている。
真筆かどうかは、一度疑われた。1896年にコッラード・リッチが目録で疑問を出したが、決め手となる根拠は挙げていない。1924年、アドルフォ・ヴェントゥーリが本人の作だと言い直し、1531年にゴンザーガ家のコレクションにあった記録との関連を提案する。1980年代にはカルロ・ペドレッティが支持に回った。