多くの人は、これから二人で合わせるところだと読んできた。女は弦を締めていて、床には相手の楽器が置いてある。だが館は、逆かもしれないとも書く。楽譜は散らばり、男の楽器は放り出されたままである。女は帰っていく相手の背中を見ていて、いま鳴らしたばかりの音の狂いを、指で直しているのかもしれない。始まる前なのか、終わったあとなのか。決め手は無い。
何が描かれているか
若い女が卓につき、両手でリュートを構えている。左手は棹の先の糸巻きに掛かり、右手は弦の上にある。顔は左の窓へ向いていて、こちらは見ていない。
淡い黄色の上着に、真珠の耳飾りと首飾り。卓には緑がかった敷物が掛かり、楽譜が開いている。右下の床には、大きな弦楽器が置かれたままになっている。
作品の見どころ
当時のオランダでは、豊かな家の若者は教育の一部として音楽を習った。館によれば、素人どうしの演奏会は、心を通わせるためのよい機会でもあった。床に置き去りにされた相手の楽器は、その約束の前か後かを指している。
女がいるのは、家の表側の部屋である。館が引く研究者マーサ・ホランダーの言葉では、そこは公と私を兼ねた場所で、奥の部屋にも二階にも、そして通りにも通じる入口だった。この絵の女は、その境目に座っている。顔と体を窓の方へねじっていることが、境目にいることをいっそう強めている。
制作背景
1752年に出た競売記録の目録に、1696年5月16日にアムステルダムで70ギルダーで売れた、ギターを弾く若い女の絵が載っている。館は、それがこの絵かもしれないとしている。
同じ日の同じ競売には、《牛乳を注ぐ女》も《小路》も出ていた。フェルメールの絵をまとめて持っていた家の蔵出しである。