この絵を描いたとき、レオナルドは20歳をいくらも超えていない。まだ師ヴェロッキオの工房にいた頃である。館によれば、聖母の型も、部屋に窓を開ける作りも、まだフィレンツェの伝統の中にある。ところが徹底して自然の観察に基づいた造形の方は、のちの自在な制作の野心的な原理を先取りしている、と館は書く。まだ工房の弟子だった人の絵が、すでに先を指していたことになる。
何が描かれているか
聖母が赤い花を持ち、その手に幼子キリストが手を伸ばしている。子は膝の上ではなく、左手前のクッションに座っている。カーネーションと呼ばれてきた花で、この絵の通称もそこから来ている。
場所は室内。左右に窓が開いていて、その向こうに遠い山が見える。狭い部屋と果てしない風景が、同じ画面の中で隣り合っている。
作品の見どころ
型は借りている。中身が違う。美術館は、徹底して自然の観察に基づいた造形が、のちの自在な制作の野心的な原理を指し示している、と説明する。借りた枠の中で、見たものを写す方へ舵を切っているということだ。
技法について、美術館が新しいと見ているのは明暗の使い方である。明るいところと暗いところを一貫して使い分けることで、人物に確かな厚みが出て、そのぶん生きているように見える、という説明である。母と子の身振りが一点に集まっていることも、この絵にふつうでない深さの感情を与えている、と館は書いている。そのうえで館は、油絵具で仕上げたこの絵を「実験であり離れ業」と呼んでいる。未完成や試作という意味ではなく、出来ばえを讃える言葉である。
制作背景
23歳頃、まだ師のヴェロッキオの工房で働いていた時期の作品にあたる。美術館は、最も初期の板絵のひとつだとしている。
のちに教皇クレメンス7世となるジュリオ・デ・メディチが所蔵していた。ミュンヘンの美術館がこれを買ったのは1889年、ギュンツブルクという町の医師からである。枢機卿の手元にあった絵が、300年以上を経てドイツの地方都市から現れたことになる。