何が描かれているか
老年のティントレットが暗い背景の前で正面を向く。白い髭と眉、額、鼻、頬にだけ光が触れ、黒い衣と肩は背景へ溶けて輪郭がほとんど見えない。
手、絵筆、パレット、工房は描かれず、画家であることを示す道具がない。左右の目の高さや頬の形も完全には対称でなく、老いを整えすぎずに残す。
作品の見どころ
鑑賞者は顔を見ると同時に、正面から見返される。服装や室内から社会的地位を読む道が閉じられ、暗闇と顔の距離だけで一対一の対面が生まれる。
細部を均等に描かず、額、目、鼻、髭へ短い明るい筆触を置く。輪郭を線で囲まないため、顔は固定した像より、一瞬だけ光の中へ現れた存在に見える。
制作背景
ルーヴル美術館は1587〜1588年頃の自画像として所蔵する。ドイツ人金細工師で美術商でもあったハンス・ヤーコプ・ケーニヒのために描かれたと記録される。
若い頃の自画像にも斜めを向く作品があるが、晩年作は正面性と暗さを強める。死を予告したと断定するより、顔とまなざしへ表現を絞った選択として見る方が慎重である。