前後の時代を見渡す
いちばん親切な 西洋美術史
古代から現代までの大きな流れを図版とともに見渡す入門書。この章を読む前後に、用語や美術史全体の見取り図を確かめる入口として。
出版社の紹介を見る ↗中世後期 · 主に1285〜1339年/中世後期
フィレンツェとシエナ――祈り、身体、都市
同じ時代でも、絵はなぜ違う姿になった?
金色の背景の聖母子、感情の伝わる壁画、働く人々の都市。絵の見せ方と役割を、同じ主題の比較からたどります。
中心はフィレンツェ・シエナの画家と、ジョットがパドヴァで描いた壁画です。主に13世紀末〜14世紀前半を扱います。ローマ、南イタリアや14世紀後半を含むイタリア全域の網羅ではありません。
空が金色なのは、何を描こうとしているからだろう?

この章で比べる三枚は、玉座の聖母マリアが幼子キリストを抱く板絵です。「マエスタ」は荘厳さ・威厳を表す呼び名で、特定の一枚だけの題名ではありません。
チマブーエの聖母は手で幼子を示しています。これはビザンティンの聖母像の伝統を受け継ぐ姿です。ビザンティンは東ローマ帝国の文化を指し、中世のイタリアとは交易などで結ばれていました。
まず、写実性だけを採点せず、聖母子をどの位置に置き、見る人の視線をどう集めているかを比べてみましょう。金地、正面性、光輪を共有する絵でも、身体と空間の見せ方には違いがあります。
絵を見る手がかりこの図版で、幼子を示す聖母の手、金地、衣の線、玉座を確かめます。次の節で三枚を並べ、ひざの明暗や玉座の見せ方を比べます。
ウフィツィ美術館 / サンタ・トリニタの聖母 ↗
確認箇所:1290–1300頃、金地テンペラ、聖母の手、玉座と預言者
ウフィツィ美術館 / ルチェッライの聖母 ↗
確認箇所:1285年の注文、ラウデージ会、450×290cm、天使と衣の輪郭
ウフィツィ美術館 / オンニサンティの聖母 ↗
確認箇所:現在の年代欄1300–1305頃、肉体の明暗、重なり、旧設置場所は不明
メトロポリタン美術館 / 後期中世のイタリア絵画 ↗
確認箇所:ビザンティンとの交流、ゴシックの特徴、板絵・フレスコの技法
人がそこに座っている感じは、絵のどこから生まれる?



チマブーエ《サンタ・トリニタの聖母》は1290〜1300年頃の作品です。大きな玉座を天使が囲み、その下に旧約聖書の預言者たちがいます。衣の金の線と玉座の奥へ折れる面を別々に見てみましょう。
ドゥッチョ《ルチェッライの聖母》は1285年にフィレンツェのラウデージ会から注文されました。この会はサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂で聖母への賛歌を歌う人々の集まりでした。作品は高さ450cm、幅290cmの大きな板絵です。
ドゥッチョでは六人の天使が玉座を支え、青い衣の縁が波打ちます。ひざや顔にも陰影があり、優雅な線と身体の表現を同時に見られます。シエナの画家がフィレンツェの依頼を受けたこの例からも、地域名だけで様式を分け切れないことが分かります。
ジョットの《オンニサンティの聖母》では、明暗が胸やひざの量感を示し、周囲の聖人は玉座や光輪に一部隠れます。人物の重なりが前後関係をつくっています。所蔵館は現在、制作年代を1300〜1305年頃としています。以前から異なる年代づけもあるため、ここでは14世紀初めと捉えます。
三枚を「古い順に立体的になる」とだけ並べるのは慎重でありたいところです。チマブーエの作には年代の幅があり、ドゥッチョの1285年作より遅い可能性があります。ここで確かめたいのは、金地の伝統の中でも、画家ごとに線・明暗・重なりの使い方が違うことです。
絵を見る手がかり三枚とも玉座がある。衣の輪郭、胸とひざの影、後ろの人の隠れ方を順に比べる。
ウフィツィ美術館 / サンタ・トリニタの聖母 ↗
確認箇所:1290–1300頃、金地テンペラ、聖母の手、玉座と預言者
ウフィツィ美術館 / ルチェッライの聖母 ↗
確認箇所:1285年の注文、ラウデージ会、450×290cm、天使と衣の輪郭
ウフィツィ美術館 / オンニサンティの聖母 ↗
確認箇所:現在の年代欄1300–1305頃、肉体の明暗、重なり、旧設置場所は不明
技法の違いは、見る場所や物語の読み方にどう関わる?


この時代の板絵では、木の板に下地を重ね、金箔を貼り、卵黄などで顔料を結びつけるテンペラ絵具を使いました。金地は黄色い絵具と同じものではなく、薄い金の層です。光輪には型を打って模様を付けることもありました。
フレスコは、湿った漆喰に水で溶いた顔料を置く壁画の技法です。漆喰が乾く前に描くため、その日に塗る範囲を区切ります。乾いた壁への加筆もあり、作品のすべてが同じ方法で描かれるとは限りません。
画面では同じ大きさに見えても、教会の巨大な板絵と、祭壇画から分かれた小さな板は鑑賞の条件が違います。作品の寸法と元の場所を確かめると、離れて仰ぎ見る像と、小さな物語場面を区別して読めます。
絵を見る手がかり板絵の金地と、壁画の人物を囲む色面を見比べます。材料や技法は見た目だけで決めず、作品情報と照合します。画像を押すと全体を大きく見られます。
メトロポリタン美術館 / 後期中世のイタリア絵画 ↗
確認箇所:ビザンティンとの交流、ゴシックの特徴、板絵・フレスコの技法
ウフィツィ美術館 / ルチェッライの聖母 ↗
確認箇所:1285年の注文、ラウデージ会、450×290cm、天使と衣の輪郭
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート / 使徒ペトロとアンデレの召命 ↗
確認箇所:マエスタ裏面、1770年代解体、身振り、金地、現物は小さい板
顔だけでなく、背中や手からも感情は読める?


ジョットが1303〜1305年頃に描いたスクロヴェーニ礼拝堂の壁画は、パドヴァにあります。聖母とキリストなどの物語が壁面に続き、入口側の壁には《最後の審判》が描かれています。一枚ずつ独立した絵として見るだけでなく、礼拝堂を取り囲む連作の中の場面と考えましょう。
《ユダの接吻》では、中央の黄色い衣がキリストを包み、二人の顔が向かい合います。周囲の武器は上へ伸び、右の人物は中央を指しています。視線と指の向きをたどると、混み合う画面でも出来事の中心を見つけられます。
《キリストへの哀悼》では、死んだキリストの周りに人々が集まります。背を向けた人物、顔を寄せる聖母、腕を広げる人物、空の天使は、それぞれ違う姿勢です。右上から左下へ降りる岩の線も、キリストの顔の近くへ目を導くように読めます。
「悲しみ」を一つの顔で代表させず、画面全体の身体や間隔で読ませている、と比べてみてください。これは画像からの鑑賞の提案です。画家本人がこの視線の順序を説明した記録がある、という意味ではありません。
絵を見る手がかり接吻では二人の顔へ、哀悼ではキリストの身体へ。どの線と身振りが目を導くか。
パドヴァ公式観光局 / スクロヴェーニ礼拝堂 ↗
確認箇所:1303–1305頃、壁面の物語と入口壁の最後の審判
金色の空と、人間らしい身振りは両立する?


ドゥッチョの《マエスタ》は1308〜1311年頃、シエナ大聖堂の主祭壇のために制作された両面の祭壇画です。正面の聖母子と聖人たちに加え、裏面にも物語場面がありました。ここに掲載した図版は、現在残る正面中央の板です。当初の祭壇画全体の復元図ではありません。
《使徒ペトロとアンデレの召命》は、その裏面を構成していた小さな物語の板です。祭壇画は1770年代に解体され、板が分散しました。現在離れた美術館にある板も、かつては同じ作品を構成していたことを押さえておきましょう。
岩の上のキリストが手を差し出し、船の人物が顔と手を返しています。金地の空があっても、二つの場所の間には呼びかけと応答があります。ジョットの密集した人物と比べると、こちらは少人数の間に空きを置き、穏やかな輪郭で関係を読める場面です。
フィレンツェは立体、シエナは装飾、と覚えるだけでは、この物語の身振りや船の立体感を見落とします。二つの地域を比べる際には傾向を手がかりにしながら、個々の作品でその説明が当てはまるかを確かめましょう。
絵を見る手がかり船と岸の間を渡る二人の手。金地を保ちながら、どんな関係が伝わるか。
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート / ドゥッチョ略歴 ↗
確認箇所:1308–1311頃、大聖堂主祭壇の両面祭壇画、工房
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート / 使徒ペトロとアンデレの召命 ↗
確認箇所:マエスタ裏面、1770年代解体、身振り、金地、現物は小さい板
パドヴァ公式観光局 / スクロヴェーニ礼拝堂 ↗
確認箇所:1303–1305頃、壁面の物語と入口壁の最後の審判
ウフィツィ美術館 / オンニサンティの聖母 ↗
確認箇所:現在の年代欄1300–1305頃、肉体の明暗、重なり、旧設置場所は不明
装飾の豊かな絵でも、突然の出来事を語れる?

1333年の《受胎告知》には、シモーネ・マルティーニとリッポ・メンミの名が銘文に残っています。シエナ大聖堂の聖アンサヌスの祭壇のための作品でした。ここでは共同制作として表示します。右端の女性聖人は、所蔵館でもマクシマまたはマルガリータの可能性を挙げており、一人に確定しません。
受胎告知とは、天使ガブリエルがマリアにキリストの誕生を告げる出来事です。この絵では天使の衣がなびき、マリアは身体を引いて衣を寄せています。金地に刻まれた言葉が二人の間をつなぎます。
衣の縁の細い線とマリアの身を引く角度を一緒に見ると、優雅さと驚きが両立しているように読めます。金地や装飾が残ることを、感情の表現が弱い証拠と決めつけないで見てみましょう。
この時期のイタリア絵画には、尖ったアーチや流れる形、細部の繊細さなど、ゴシックの要素も見られます。「ゴシック」は一つの同じ画風だけを指す言葉ではなく、地域や媒体を確かめながら使う手がかりです。
絵を見る手がかり天使の衣の動きとマリアの引いた姿勢を対にして見る。
ウフィツィ美術館 / 受胎告知 ↗
確認箇所:1333銘文、シモーネとリッポ共同名、右聖人はマクシマまたはマルガリータ
メトロポリタン美術館 / 後期中世のイタリア絵画 ↗
確認箇所:ビザンティンとの交流、ゴシックの特徴、板絵・フレスコの技法
聖母子が教会の外に置かれると、意味はどう変わる?

シモーネの《マエスタ》は、シエナの市庁舎にある「世界地図の間」の壁画です。市立美術館は、中央の聖母をシエナの都市の守護者として説明しています。制作年代は1315〜1321年とされ、天蓋の下に聖母子と聖人たちが集まっています。
同じ「マエスタ」でも、大聖堂の祭壇画と市庁舎の壁画は、置かれた場所が違います。聖なる人物を描いたことと、市民の政治の場に置いたことは両立します。宗教画から世俗画へ単純に置き換わった、と考えず、絵が誰を守り、誰に見られる場所にあったかを比べましょう。
絵を見る手がかり天蓋の下の集まりを、ドゥッチョの正面中央の板と比べる。
シエナ市立美術館 / シモーネのマエスタ ↗
確認箇所:1315–1321、市庁舎の壁、都市の守護者としての聖母、複数材料
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート / ドゥッチョ略歴 ↗
確認箇所:1308–1311頃、大聖堂主祭壇の両面祭壇画、工房
良い政治と悪い政治を、絵でどう伝える?



アンブロージョ・ロレンツェッティの1338〜1339年の壁画群は、シエナの市庁舎の「平和の間」にあります。この部屋は九人政府が政治の仕事を行った場所でした。都市と田園の生活、善政と悪政を同じ部屋で見る構成です。
《善政の効果―都市》には、商売や手仕事をする人々、行き交う人々がいます。市立美術館は、現実と理想の両方を含むシエナの景観と説明しています。目に見える暮らしの細部があるからといって、その年の都市をそのまま記録した写真のように読むことはできません。
《善政の効果―田園》では、城壁の外に畑や道、農村の建物が広がります。都市の図と続けて見て、人の往来や耕作を探しましょう。城壁の内側だけでなく外の生活も同じ政治の世界に結びつけている、と読むための比較です。
《悪政の寓意》では、専制を表す人物の足元に、鎖につながれた正義が描かれています。「寓意」は、抽象的な考えを人物や物の姿に置き換える表現です。働く都市の場面と、こうした象徴の人物を区別して見ると、生活の絵と政治の考えをつなぐ仕組みが読みやすくなります。
この比較から、「シエナの絵は金地の宗教画だけ」という説明では足りないことが分かります。同じ都市に、祈りの板絵、聖母を守護者とする壁画、都市生活を示す壁画がありました。様式の名前とともに、注文した人や置かれた場所を読むことが大切です。
絵を見る手がかり都市の店と田園の道を探し、悪政の鎖につながれた正義と比べる。
シエナ市立美術館 / 善政の効果―都市 ↗
確認箇所:1338–1339、平和の間、働く市民、理想と実在が重なるシエナ
シエナ市立美術館 / 善政の効果―田園 ↗
確認箇所:1338–1339、農地、城壁と穀物・ぶどう等、九人政府の執務室
シエナ市立美術館 / 悪政の寓意 ↗
確認箇所:1338–1339、専制と鎖につながれた正義、暴力の場面
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート / ドゥッチョ略歴 ↗
確認箇所:1308–1311頃、大聖堂主祭壇の両面祭壇画、工房
シエナ市立美術館 / シモーネのマエスタ ↗
確認箇所:1315–1321、市庁舎の壁、都市の守護者としての聖母、複数材料
もう一度、三枚の聖母子へ戻ってみてください。衣の線・ひざの影・人物の重なりのうち、各作品で最も目を引くものはどれでしょう。優劣ではなく、違いを一つずつ自分の言葉で説明してみましょう。
同主題の三枚、同じ壁画連作の二場面、両面祭壇画の中央板と分散した物語板、同じシエナの祭壇画と市庁舎の聖母、善政の都市・田園と悪政の寓意。12図版にはそれぞれ別の比較上の役割があります。
前後の時代を見渡す
古代から現代までの大きな流れを図版とともに見渡す入門書。この章を読む前後に、用語や美術史全体の見取り図を確かめる入口として。
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ロマネスクとゴシックを中心に、信仰のなかで美術が果たした役割を考える一冊。イタリアの板絵に限らず、中世の美術を広く読むために。
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