生活と制度を深く読む
西洋美術の歴史7 19世紀―近代美術の誕生、ロマン派から印象派へ
クールベ、ミレー、ドーミエや、落選者のサロンを扱う19世紀の通史。何を描いたかに加えて、作品が発表された場所や社会との関係を読むために。
出版社の紹介を見る ↗日常の主題・大画面・働く身体・版画から読む · 19世紀半ばを中心に
日常の主題・大画面・働く身体・版画から読む
そっくりに描けば、それだけで写実主義でしょうか?
見慣れた人や仕事を、絵の中心に置くと何が変わるでしょうか。村の葬儀、画家と買い手の関係、農作業、事件の版画、鉄道の乗客を順に見て、何を現実として見せたかを確かめます。
19世紀フランスの三人を中心に、油彩だけでなくリトグラフも扱います。記録された制作・展示の事情、画面からの観察、後世の政治的な解釈を分けます。農村の人々を一つの性格や感情で説明しません。
そっくりに描けば、それだけで写実主義でしょうか?
Metの解説は、19世紀フランスの写実主義が1840年代から広がり、1848年の革命後、同時代の日常や労働する人々を重要な主題にしたと説明しています。村の葬儀を歴史画ほど大きく描くクールベの作品は、主題の序列を問い直す例でした。
問題は、細部をどれほど細かく写すかだけではありません。誰の身体を大きく見せ、誰の日常を公の展示へ運ぶかという選択があります。粗い筆跡や簡潔な輪郭を使っても、その選択を強く見せることはできます。
同じ「日常」でも、村の儀式、畑の仕事、都市の交通では生活の条件が違います。すべてを貧しさという一語へまとめず、道具、姿勢、他の人との距離を確かめます。絵の中にあるものと、描かれずに残る条件を分けて考えることが出発点です。
絵を見る手がかりこの章では、人物の大きさ、働く道具、見る距離、絵を見せた場所を比べます。
The Metropolitan Museum of Art / Nineteenth-Century French Realism ↗
確認箇所:本文:1848年以後の社会、日常の主題と大画面、サロンと1855年の別会場展示
Musée d’Orsay / Des glaneuses ↗
確認箇所:作品解説:1857年、収穫後の落穂拾い、反復する動作、前景と遠景の差
The Metropolitan Museum of Art / The Third-Class Carriage ↗
確認箇所:解説・Audio:1864年、未完成の転写方眼、他館の水彩・完成油彩との違い
大勢の人が並ぶのに、一人の英雄がいないのはなぜでしょうか?

《オルナンの埋葬》は1850〜1851年のサロンで展示されました。オルセーは、宗教・神話・歴史の重要な場面に使われた大画面へ、等身大の地方の人々を置いたと説明しています。誰の葬儀かは、現在の解説でも確定されていません。
人物は横へ長く続き、顔や帽子の違いが並びます。墓穴へ目を落とすと、英雄の活躍を見る場面より、そこに集まる人々と同じ高さで立つ場面に近づきます。一人の表情で全員の気持ちを説明せず、視線と間隔の違いを追ってみましょう。
オルセーは、黒の面に刷毛やパレットナイフによる厚い絵具が見えることを挙げています。滑らかな表面だけを目指す描写とは違う方法です。作品を政治的な寓意として読む説も紹介していますが、確かな事件記録や作者の唯一の意図とはしていません。
絵を見る手がかり顔の列、黒い衣服、墓穴、空と崖、画面の横幅を見ます。
Musée d’Orsay / Un enterrement à Ornans ↗
確認箇所:作品解説:1850–51年サロン、大画面、地方の人々、厚い絵具、死者の同定は不明
写実主義でも、象徴的な場面を作れるでしょうか?

1854〜1855年の《画家のアトリエ》には「現実の寓意」という言葉を含む原題があります。オルセーの解説は、右を画家の友人や美術に関わる人々、左を貧困や富など社会の異なる立場を示す集団として説明しています。中央には、描くクールベ自身がいます。
中央の風景画と、その周囲の人々を比べると、工房の一瞬をそのまま写した記録とは違う構成が見えます。実在の人がモデルでも、その配置によって社会と画家の関係を示せます。「現実」と「象徴」をどちらか一方に分ける必要はありません。
この作品は1855年の万国博覧会への出品を拒まれました。クールベは自費で別の「写実主義館」を設け、《埋葬》も含めて作品を公開しました。何を描くかに加えて、誰の制度で、どこに展示するかも制作活動の一部になります。
絵を見る手がかり中央で描く画家、左右の集団、子ども、裸の人物、画中の風景を見ます。
Musée d’Orsay / L’Atelier du peintre ↗
確認箇所:解説・Résumé:1854–55年、現実の寓意、左右の集団、1855年の展示
The Metropolitan Museum of Art / Nineteenth-Century French Realism ↗
確認箇所:本文:1848年以後の社会、日常の主題と大画面、サロンと1855年の別会場展示
自然な出会いの絵なら、実際の到着の記録でしょうか?

《出会い》は1854年に、収集家アルフレッド・ブリュイヤスのために描かれました。画面にはクールベ、ブリュイヤス、使用人が登場します。ファーブル美術館は、絵の到着場面と異なり、クールベが実際には新しい鉄道を利用したと説明しています。
所蔵館は、一般向けの版画が人物配置の手がかりになったことも挙げています。現実の人を描くために、既存の図像を使えるのです。支援する買い手と制作する画家には、経済的・感情的な支えを含む相互の関係がありました。
明るい服と道具を背負う画家は、右へ離れてもよく目立ちます。頭を下げる相手と杖を持つ画家の姿勢を比べると、関係を見せる構図として読めます。ただし、服や姿勢から二人の性格全体を決めたり、実際の会話を想像で補ったりはしません。
絵を見る手がかり画家の道具、三人の服装、互いの身体の向き、地面に立つ杖を見ます。
Musée Fabre / La Rencontre ou Bonjour Monsieur Courbet ↗
確認箇所:本文:1854年、Bruyasの注文、実際の鉄道移動、絵のための場面、人気版画の構図
穏やかな散歩の場面でも、何が問題になったのでしょうか?

1851〜1852年の《村の娘たち》は、クールベの三姉妹を描き、一人が牛飼いの子どもへ施しを渡します。Metは、1852年のサロンで服装や顔、犬、牛の大きさ、遠近法のまとまりなどが批判されたと説明しています。日常的な題材でも、見る側の期待と衝突しました。
Metの保存研究では、X線で牛を大きく描き直したことが確認されています。ただし、批評に応えるための変更だったという説明は可能性として述べられています。技術調査でわかる修正と、その理由についての推測は分けて読む必要があります。
丁寧な服の人物、小さな犬、広い土地を一度に見ると、どこを基準に大きさを判断するかが問題になります。昔の批評を正解として受け入れるより、当時何がふさわしい姿とされたかを考えます。現在の好みだけで、当時の批判が理解できるとも限りません。
絵を見る手がかり三人の服、子どもへの手、犬と牛、人物と地面の大きさを比べます。
The Metropolitan Museum of Art / Young Ladies of the Village ↗
確認箇所:解説・Audio:1851–52年、三姉妹、1852年の批評、X線で確認した牛の変更
同じ農作業でも、身体の動きはどう違うでしょうか?


ミレーは1849年にバルビゾンへ移り、農村の仕事を油彩、素描、版画などで扱いました。ボストン美術館は《種まく人》を1850年頃の作品として紹介しています。オルセーの《落穂拾い》は1857年で、収穫後に残る穂を拾う仕事を描きます。
《種まく人》では、歩く足と種を投げる腕が、大きく斜めに開きます。《落穂拾い》では、三つの身体が低い位置へ繰り返し曲がります。顔の細部だけに注意するより、同じ動作を続ける身体と地面の関係を読むことができます。
オルセーは、《落穂拾い》の近い三人と、遠くに積まれた大量の収穫の差を説明しています。右奥の騎乗者は監督役と考えられる人物です。仕事の全体と、残る穂を拾える人々の立場は同じではありません。
遠くの明るさを豊かな収穫の喜びと読む場合も、前の三人がその喜びを同じように共有しているとは決められません。画面の距離は、空間の奥行きと社会的な隔たりの両方を考える手がかりになります。個人の感情と、働く条件を区別して見ましょう。
絵を見る手がかり一人の大きな歩幅と、三人の曲がった背、前景と遠い収穫を比べます。
Museum of Fine Arts Boston / Millet and Rural France ↗
確認箇所:本文:1849年バルビゾンへの移住、素描・習作・複数の媒体、政治的な受け止め
Museum of Fine Arts Boston / Visiting Masterpieces ↗
確認箇所:本文:ミレーの《種まく人》は1850年頃、ゴッホによる複製を通じた受容
Musée d’Orsay / Des glaneuses ↗
確認箇所:作品解説:1857年、収穫後の落穂拾い、反復する動作、前景と遠景の差
同じ絵でも、見る時代によって意味が変わるでしょうか?

《鍬に寄りかかる男》は1860〜1862年の作品で、1863年のサロンに出されました。Gettyは、当時、描かれた農民の姿を恐ろしい、粗野だとして攻撃した批評があったと説明しています。これはモデルの能力についての事実ではなく、見る側の評価です。
両手は道具に重なり、身体は前へ傾き、周囲の石と遠景が仕事の場所を示します。口や顔から考えることはできますが、具体的な思考や本人の声は絵だけではわかりません。姿勢を見て読む疲労と、人物の価値を決める言葉を混同しないことが大切です。
1899年には、エドウィン・マーカムがこの絵から着想した詩を発表し、過酷な労働をめぐる議論が再び起きました。Gettyは、画家の死後に評価や市場での位置づけも変わったと説明しています。後の詩の主張を、そのまま制作時の作者の言葉に置き換えることはできません。
絵を見る手がかり鍬を支える両手、前へ傾く身体、足、石の多い地面を見ます。
J. Paul Getty Museum / Getty Presents Reckoning with Millet’s Man with a Hoe ↗
確認箇所:本文:1860–62年、1863年サロンの批判、1899年Markhamの詩と後の受容
風刺家の作品は、いつも笑いを誘うのでしょうか?

1834年の《トランスノナン街》はリトグラフです。クリーヴランド美術館は、兵士が家からの発砲への報復として住民を殺害した事件を扱い、刊行後に版画が押収されたと説明しています。新聞や刊行物を通じて見る人へ届く絵には、展示油彩とは違う条件がありました。
大きな白い寝間着と、そこから伸びる身体が注意を引きます。顔を誇張して笑うための風刺とは違い、静止した身体と部屋の暗さで暴力の結果を見せます。同じ作家が、題材に応じて語り方を変えられる例です。
画面を事件現場の直接の目撃記録と決めることはできません。版画として組まれた明暗と配置が、何を公に知らせようとするかを考えます。歴史的な事件について確かめられる記録と、絵が見る側に作る印象を分けて読みます。
絵を見る手がかり床へ倒れた身体、寝具、奥の暗さ、広い白い服を見ます。
Cleveland Museum of Art / Rue Transnonain, April 15, 1834 ↗
確認箇所:Details・Description:1834年、リトグラフ、住民の殺害、刊行後の押収
The Metropolitan Museum of Art / Nineteenth-Century French Realism ↗
確認箇所:本文:1848年以後の社会、日常の主題と大画面、サロンと1855年の別会場展示
未完成の絵から、制作の手順が見えるでしょうか?

Metの《三等客車》は1864年の作品です。所蔵館は、転写のための方眼が残る未完成の絵で、別の美術館にある水彩と完成した油彩に対応すると説明しています。同じ題名でも、すべてを同一の完成版として扱うことはできません。
前には授乳する人物、高齢の女性、眠る少年が近くに見え、後ろには頭の列が続きます。見る側も向かいの席にいるような距離です。図だけで全員が同じ家族だとは断定せず、混み合う場所で異なる人が接する関係として見ることができます。
明るい手前の身体と暗い奥、流れるような衣服の線が、少ない形で重さを見せます。細部の完成度だけを基準にすると、構図を移す途中の線が伝える制作の仕事を見落とします。写実を一つの精密な仕上げ方へ固定しないための作品です。
絵を見る手がかり手前の乗客、後ろの頭の列、衣服の線、画面の方眼を見ます。
The Metropolitan Museum of Art / The Third-Class Carriage ↗
確認箇所:解説・Audio:1864年、未完成の転写方眼、他館の水彩・完成油彩との違い
写真のような細部より、先に確かめられることは何でしょうか?
村の葬儀を大画面に置くこと、画家と支援者を配置すること、収穫の前景に働く人を見せることは、それぞれ違う選択です。実在の主題でも、画面の構成は作られます。日常を扱うからといって、象徴や寓意を使わないとは限りません。
油彩の展示、別会場での公開、印刷された版画では、作品を受け取る仕組みが違います。社会の絵を読むときは、描かれた人だけでなく、誰に届く絵だったかも確かめます。作者の主張と、批評や後世の利用を分ければ、同じ絵の歴史を複数の段階で読めます。
次の印象派では、同時代の暮らしを扱う点に加えて、都市の場所、光、見る時間を比較します。写実主義が終わって別の様式へ完全に置き換わった、という直線ではなく、共通する問いと異なる方法をたどります。
絵を見る手がかり油彩一枚と版画一枚を選び、人物の大きさ、道具、見る距離、公開の条件を比べます。
Musée d’Orsay / Un enterrement à Ornans ↗
確認箇所:作品解説:1850–51年サロン、大画面、地方の人々、厚い絵具、死者の同定は不明
Musée Fabre / La Rencontre ou Bonjour Monsieur Courbet ↗
確認箇所:本文:1854年、Bruyasの注文、実際の鉄道移動、絵のための場面、人気版画の構図
Musée d’Orsay / L’Atelier du peintre ↗
確認箇所:解説・Résumé:1854–55年、現実の寓意、左右の集団、1855年の展示
Musée d’Orsay / Des glaneuses ↗
確認箇所:作品解説:1857年、収穫後の落穂拾い、反復する動作、前景と遠景の差
Cleveland Museum of Art / Rue Transnonain, April 15, 1834 ↗
確認箇所:Details・Description:1834年、リトグラフ、住民の殺害、刊行後の押収
J. Paul Getty Museum / Getty Presents Reckoning with Millet’s Man with a Hoe ↗
確認箇所:本文:1860–62年、1863年サロンの批判、1899年Markhamの詩と後の受容
The Metropolitan Museum of Art / Nineteenth-Century French Realism ↗
確認箇所:本文:1848年以後の社会、日常の主題と大画面、サロンと1855年の別会場展示
村の葬儀、農作業、鉄道、事件の版画から二枚を選び、身体の大きさ、見る距離、道具、発表の場を比べてください。人物の感情の推測は、記録のある事実と分けます。
一次資料で確認した用途・注文・技法を比較するために選んだ。画像は既存の掲載可判定または所蔵館のCC0を確認し、全景を保持する。帰属、推定年代、史料の解釈と直接観察を区別する。
生活と制度を深く読む
クールベ、ミレー、ドーミエや、落選者のサロンを扱う19世紀の通史。何を描いたかに加えて、作品が発表された場所や社会との関係を読むために。
出版社の紹介を見る ↗