17世紀の絵画と社会 · 1599〜1600年を入口に、主に17世紀〜1672年頃

17世紀のイタリアとオランダ

光・生活・注文から、同時代の違いを読む

同じ時代に、なぜ劇的な絵と静かな絵がある?

暗闇で伸びる手、宴のざわめき、細く流れる牛乳、器に映る光。描き方を比べながら、誰が、どんな場所で見るために絵を求めたのかをたどります。

中心はローマを軸にしたイタリアの仕事と、オランダ共和国の都市の絵画。南部ネーデルラントとロンドン、シチリアへの注文を比較に含めます。静かな室内画を後の時代と見なさず、制作年・主題・受け手を分けて読みます。

目次

二つの地域を、同じ時間に置く

静かな絵は、劇的な絵の後に生まれた?

17世紀のローマでは、教皇や有力な家族の注文が、教会や都市の姿を変えていきました。北部ネーデルラントでは、スペインからの独立が1648年に国際的に認められた共和国で、市民団体や富裕な個人が重要な注文者になりました。

南部ネーデルラントはカトリックのハプスブルク支配下にとどまり、教会の注文も盛んでした。ルーベンスの活動したアントウェルペンを、レンブラントのアムステルダムと同じ政治・宗教条件で考えないことが大切です。

「バロック」は、強い光の対比や舞台のような動きなどを読む様式の呼び名です。一方、「17世紀」は年代です。静かな室内画も、この時代の絵画に含まれます。

この章では1599〜1600年の《聖マタイの召命》を入口に、1670年代初めまでを比べます。約70年の幅があるため、画風の差を地域だけのせいにはしません。

絵を見る手がかり制作年、主題、注文者、置かれる場所を別々に読む。現在の所蔵都市を制作地と混同しない。

この節の出典・画像の利用条件

メトロポリタン美術館 / Baroque Rome ↗
確認箇所:教会の統合環境・光、注文、描線と色、画家の移動

メトロポリタン美術館 / Low Countries, 1600–1800 A.D. ↗
確認箇所:Overview:共和国と南部、1648、市民の注文

スコットランド国立美術館 / Baroque ↗
確認箇所:用語解説:光・動き、宗教・公的環境

メトロポリタン美術館 / Genre Painting in Northern Europe ↗
確認箇所:私的室内、ハルス、フェルメール、静けさ以外の主題

ローマ市公式観光局 / Caravaggio in Rome ↗
確認箇所:PDF第25頁(印刷頁25):左側面、1599年7月〜1600年7月

メトロポリタン美術館 / Allegory of the Catholic Faith ↗
確認箇所:Overview / audio:1670–1672頃、公開ミサ規制、隠れ教会は解釈

光が、物語の途中へ連れていく

明るい部分は、誰の反応を見せている?

聖マタイの召命。暗い部屋で卓を囲む人々へ、右側のキリストの手と斜めの光が向けられている。
聖マタイの召命カラヴァッジョ · 1599–1600年サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂(ローマ)作品の解説を読む →
ベルシャザルの饗宴。壁に現れた光る文字へ王が振り向き、傾いた器から酒がこぼれ、人々が身をよける。
ベルシャザルの饗宴レンブラント・ファン・レイン · 1636–1638年頃ナショナル・ギャラリー(ロンドン)作品の解説を読む →

カラヴァッジョの《聖マタイの召命》は1599〜1600年に、ローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂の礼拝堂のために描かれました。礼拝堂とは、教会の中の、特定の祈りや家族の記念に使われる小さな空間です。

右から入る人物の手と、斜めに走る光が、卓を囲む人々へ向かいます。「私のことか」と問い返すような身振りと、まだ手元を見ている人の差を比べましょう。

レンブラントの《ベルシャザルの饗宴》は1636〜1638年頃の作品です。旧約聖書の、宴の途中で神の手が壁に文字を書く物語を描いています。明るい文字、金の衣、こぼれる酒が、一瞬の驚きをつなぎます。

明暗法とは、明るさと暗さの差で身体や空間を見せる方法です。ここでは形の厚みに加え、どこで事件が起きたかも伝えます。オランダの絵をすべて静かな生活画と考えると、この劇的な宗教画を見落とします。

絵を見る手がかり《召命》の右から伸びる光と指先、《饗宴》の壁の文字と反り返る身体を追う。

この節の出典・画像の利用条件

ローマ市公式観光局 / Caravaggio in Rome ↗
確認箇所:PDF第25頁(印刷頁25):左側面、1599年7月〜1600年7月

メトロポリタン美術館 / Baroque Rome ↗
確認箇所:教会の統合環境・光、注文、描線と色、画家の移動

ナショナル・ギャラリー / Belshazzar’s Feast ↗
確認箇所:Overview / In-depth / Key facts:1636–1638頃、主題、光、注文不詳

スコットランド国立美術館 / Baroque ↗
確認箇所:用語解説:光・動き、宗教・公的環境

画像:カラヴァッジョ《聖マタイの召命》/Gleb Simonov, photograph of Caravaggio's The Calling of Saint Matthew, via Wikimedia Commons, CC0.
画像の出典 / CC0 1.0(施設制度・法域注意)(画像情報:2026-09-07 確認)
撮影画像はCC0です。施設制度と文化財制度の扱いには法域差があります。
画像:Rembrandt van Rijn《ベルシャザルの饗宴》/Rembrandt van Rijn, The National Gallery, London, via Wikimedia Commons.
画像の出典 / Public Domain Mark 1.0 / PD-Art(法域注意)(画像情報:2026-09-07 確認)
忠実複製の扱いには法域差があります。

宗教画でも、見る場所は違う

教会の絵と、家のための絵は同じ仕事?

エマオの晩餐。食卓の中央にキリストが座り、左右の弟子が腕を広げ、椅子から立ち上がろうとしている。
エマオの晩餐カラヴァッジョ · 1601年ナショナル・ギャラリー(ロンドン)作品の解説を読む →

《エマオの晩餐》は1601年、ローマの収集家チリアーコ・マッテイの注文で描かれました。復活したキリストがパンを祝福し、同席した弟子がその正体に気づく場面です。

右の弟子の腕は横へ開き、左の弟子は椅子から身を起こします。短縮法とは、こちらへ向く腕などを、奥行きに沿って短く見せる描き方です。卓や腕が画面の手前へ近づくため、見る人も席の近くにいるように感じられます。

《召命》と同じ画家の宗教画でも、こちらは私的な注文です。イタリアの宗教画はすべて教会用だった、とまとめないようにしましょう。

《ベルシャザルの饗宴》は、注文して飾られたのか、画家が先に描いて売ろうとしたのか、所蔵館も不明としています。絵の主題だけから、注文者の職業や意図を決めることはできません。

絵を見る手がかり伸びた腕、椅子から立つ身体、卓の端の果物籠を、画面のこちら側との距離で見る。

この節の出典・画像の利用条件

ナショナル・ギャラリー / The Supper at Emmaus ↗
確認箇所:Overview / In-depth / Key facts:1601、マッテイの注文、短縮・驚き

ローマ市公式観光局 / Caravaggio in Rome ↗
確認箇所:PDF第25頁(印刷頁25):左側面、1599年7月〜1600年7月

ナショナル・ギャラリー / Belshazzar’s Feast ↗
確認箇所:Overview / In-depth / Key facts:1636–1638頃、主題、光、注文不詳

画像:カラヴァッジョ《エマオの晩餐》/Caravaggio, The Supper at Emmaus, National Gallery, London, via Wikimedia Commons.
画像の出典 / Public Domain Mark 1.0 / PD-Art(法域注意)(画像情報:2026-09-07 確認)
忠実複製の扱いには法域差があります。

身体の力を、手から読む

暗い背景以外に、何が緊迫感をつくる?

黄色い衣のユディトが剣を振るい、青い衣の侍女とともに敵将の体を押さえる。
ホロフェルネスの首を斬るユディト(ウフィツィ版)アルテミジア・ジェンティレスキ · 1620年頃ウフィツィ美術館作品の解説を読む →

アルテミジア・ジェンティレスキの《ホロフェルネスの首を斬るユディト》は、ウフィツィ美術館が1620年頃とする作品です。敵将を倒して自分の町を救う、聖書のユディトの物語を扱います。

画面のユディトだけでなく、侍女も身を寄せて男を押さえています。腕の重なりを追うと、二人が別々に立つのではなく、力を合わせて行動していることが見えます。

明るい肌や白い布が、暗い周囲から浮かび上がります。力の方向は光だけでなく、肘の曲がりと身体の重さからも読めます。まず画面に示された共同の動作を確かめ、登場人物をそのまま画家自身の感情と同一視しないで見てください。

絵を見る手がかりユディトと侍女の腕、押さえられる身体、剣と布の向きをつなぐ。

この節の出典・画像の利用条件

ウフィツィ美術館 / Judith Beheading Holofernes ↗
確認箇所:Date 1620 c. / description:物語と身体

画像:Artemisia Gentileschi《ホロフェルネスの首を斬るユディト(ウフィツィ版)》/Wikimedia Commons / Public Domain Mark
画像の出典 / Public Domain Mark 1.0(画像情報:2026-09-26 確認)
CommonsのPublic Domain Mark / PD-Art表示に基づく忠実な複製。複製写真と所蔵館規程の法域による扱いには差があり得る。

集団肖像にも、動きがある

人物を並べる以上に、集団をどう見せた?

赤白の飾り帯を付けた市民隊の士官たちが長い食卓を囲み、杯を掲げている。
聖ゲオルギウス市民隊士官の宴会フランス・ハルス · 1616年フランス・ハルス美術館作品の解説を読む →
夜警。黒い服の隊長と白い服の副官が前へ進み、周囲の市民隊員が銃、槍、旗、太鼓を手に動き出す。
夜警レンブラント・ファン・レイン · 1642年アムステルダム国立美術館現存する画面の複製。後世に失われた周縁の復元画像ではありません。作品の解説を読む →

ハルスの《聖ゲオルギウス市民隊士官の宴会》は1616年の集団肖像です。描かれたのは、市民隊の士官たちです。

卓を囲む人物は、顔の向きも手の置き方も同じではありません。旗の斜線や視線の連なりが、宴のまとまりをつくります。

1642年完成の《夜警》も、市民隊を描く注文作品です。通称「夜警」は後世についた名前です。黒い衣の隊長と黄色い衣の副隊長が前に出て、周囲では武器や旗を持つ人々が動いています。

光を均等に配らず、主役の身体や手を強調すると、集合写真のような横並びから離れた見せ方になります。個人を記録することと、集団に動きを与えることが重なっています。

市民向けの絵画市場が広がったことは、「注文を受けずに描いた絵ばかり」という意味ではありません。《夜警》のような注文と、購入者を探す市場の両方を区別して考えます。

絵を見る手がかりハルスの目線と旗、レンブラントの前へ出る二人と、奥で準備する隊員を見る。

この節の出典・画像の利用条件

フランス・ハルス美術館 / Banquet of the Officers of the St George Civic Guard ↗
確認箇所:Details:1616、militia piece、oil on canvas

メトロポリタン美術館 / Low Countries, 1600–1800 A.D. ↗
確認箇所:Overview:共和国と南部、1648、市民の注文

アムステルダム国立美術館 / 10 things about Rembrandt’s Night Watch ↗
確認箇所:項目1–2:1642、注文と後世の通称

アムステルダム国立美術館 / Why Is The Night Watch So Famous? ↗
確認箇所:作品比較:動作、光、集団肖像

メトロポリタン美術館 / In Praise of Painting: visiting guide ↗
確認箇所:導入・宗教・市民市場・多様な主題

画像:Frans Hals《聖ゲオルギウス市民隊士官の宴会》/The Yorck Project / Wikimedia Commons / Public Domain Mark
画像の出典 / Public Domain Mark(画像情報:2026-09-26 確認)
忠実な二次元作品複製の扱いや所蔵館の画像規程には、利用地域による差があり得ます。
画像:Rembrandt van Rijn《夜警》/Rembrandt van Rijn, Rijksmuseum, Amsterdam, via Wikimedia Commons.
画像の出典 / Public domain / Rijksmuseum Collection Online(画像情報:2026-09-07 確認)
アムステルダム国立美術館の公開方針を確認しています。

小さな動きに、視線を集める

静けさは、何も工夫していないということ?

台所で、女が土器の壺から鉢へ牛乳を細く注いでいる。左の窓から光が入り、卓上にパン。
牛乳を注ぐ女ヨハネス・フェルメール · 1660年頃アムステルダム国立美術館作品の解説を読む →

フェルメールの《牛乳を注ぐ女》は1660年頃、カンヴァスに油彩で描かれました。描かれた女性は仕事に集中し、牛乳の流れ以外は静止しているように見えます。

大きく見開かれた目や、広げた腕はありません。代わりに、窓からの明るさと、卓へ向けた女性の姿勢が、細い流れへ注意を向けます。パンや器の表面には、小さな色の点で光を表す工夫もあります。

風俗画とは、特定の歴史上の英雄より、日常の仕事や交流などを主題にする絵です。私的な室内の絵は、家庭の空間で見る人が生活や価値観を重ねる機会にもなりました。

ただし、絵は当時の生活をそのまま撮影した記録ではありません。構図や光、物の置き方が、見る順番や場面の印象をつくっています。静かな室内だけでなく、騒がしい酒場や乱れた家庭を描く作品も同時代にありました。

絵を見る手がかり窓の光、パンの表面の小さな色点、細い牛乳の流れを順に見る。

この節の出典・画像の利用条件

アムステルダム国立美術館 / The Milkmaid ↗
確認箇所:Description / Creation:1660頃、細い流れ、点状筆触

メトロポリタン美術館 / Genre Painting in Northern Europe ↗
確認箇所:私的室内、ハルス、フェルメール、静けさ以外の主題

画像:ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》/Rijksmuseum, Amsterdam
画像の出典 / CC0 1.0(画像情報:2026-09-03 確認)

オランダにも、宗教画がある

教会の制度と、絵の主題をどう分ける?

胸に手を当てて天を見上げる女。足元に地球儀と踏みつぶされた蛇、天井から吊るされたガラス球。
信仰の寓意ヨハネス・フェルメール · 1670–1672年頃メトロポリタン美術館作品の解説を読む →

《信仰の寓意》はフェルメールが1670〜1672年頃に描いた作品です。寓意とは、信仰や平和のような目に見えない考えを、人物や物に担わせて示す方法です。

女性が地球に足を置き、床では石が蛇を押さえています。所蔵館は、女性が教会、蛇が悪を表すと説明しています。卓には聖杯、祈りの書物、十字架が置かれています。

当時の共和国では、カトリックのミサを公に行うことが規制されていました。この室内は、民家の「隠れ教会」でのミサを示す可能性があります。ただし、注文者や具体的な部屋を確定する図としては扱いません。

教会の制度が違っても、宗教画は描かれ続けていました。《饗宴》とこの作品を並べて思い出すと、同じ地域にも主題や信仰の多様さがあると分かります。

絵を見る手がかり床の蛇と石、地球に置かれた足、卓の十字架、奥の磔刑の絵を探す。

この節の出典・画像の利用条件

メトロポリタン美術館 / Allegory of the Catholic Faith ↗
確認箇所:Overview / audio:1670–1672頃、公開ミサ規制、隠れ教会は解釈

ナショナル・ギャラリー / Minerva protects Pax from Mars ↗
確認箇所:Overview / In-depth:1629–1630、外交・贈呈

ナショナル・ギャラリー / Belshazzar’s Feast ↗
確認箇所:Overview / In-depth / Key facts:1636–1638頃、主題、光、注文不詳

画像:ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》/The Metropolitan Museum of Art, New York
画像の出典 / CC0 1.0(画像情報:2026-09-03 確認)

物を描く――楽しさと、時間の気配

静物画は、上手な写し取りだけで読める?

暗い卓の上に、牡蠣、レモン、巻いた紙、倒れた銀の浅い杯、緑のガラス器が並ぶ。銀とガラスに細い光が映る。
牡蠣、銀の浅杯、ガラス器のある静物ウィレム・クラースゾーン・ヘーダ · 1635年メトロポリタン美術館(ニューヨーク)教材のために追加した図版。個別の画家登録とは別に、所蔵館の詳しい作品解説へ進めます。所蔵館の作品解説を読む ↗

静物画は、器、食べ物、花などを中心にした絵です。17世紀初め、ネーデルラントでは独立した専門分野として盛んになりました。イタリアなどにも静物画があり、オランダだけの発明としては説明しません。

ヘーダの《牡蠣、銀の浅杯、ガラス器のある静物》は1635年、板に油彩で描かれました。灰色を中心にした狭い色の幅でも、銀、ガラス、牡蠣の違う表面を見せています。

つやのある食べ物や器には、見る楽しさがあります。一方、割れたガラスと、暦から切り取って巻かれた紙を、所蔵館は過ぎ去る時間の手がかりと読みます。

「ヴァニタス」は、命や富や楽しみが永遠ではないことを思わせる表現です。ただし、静物画のすべてを単一の暗号として解く必要はありません。美しい物の誘惑と教訓が、どちらか一方だけでなく重なる場合があります。

絵を見る手がかり銀の皿の反射、透けるガラス、割れた器、巻いた紙を、大きな画像で確かめる。

この節の出典・画像の利用条件

メトロポリタン美術館 / Still-Life Painting in Northern Europe, 1600–1800 ↗
確認箇所:独立ジャンル、ハールレム、消費と教訓

メトロポリタン美術館 / Still Life with Oysters, a Silver Tazza, and Glassware ↗
確認箇所:Overview / Artwork Details:1635、油彩・板、反射、割れたガラスと暦

画像:ウィレム・クラースゾーン・ヘーダ《牡蠣、銀の浅杯、ガラス器のある静物》/ウィレム・クラースゾーン・ヘーダ / The Metropolitan Museum of Art, 2005.331.4
画像の出典 / The Met Open Access / CC0 1.0(画像情報:2026-10-05 確認)
所蔵館がCC0で提供する全景画像。

風景は、場所と構図の両方を読む

自然を描く絵も、地域だけで分類できる?

大きな風車が川岸に立ち、暗い雨雲と明るい空が広がる。
ウェイク・バイ・ドゥールステーデの風車ヤーコプ・ファン・ロイスダール · 1668~1670年頃アムステルダム国立美術館作品の解説を読む →
赤い衣のシバの女王が階段を下り、朝の光が満ちる港から船へ向かう。
シバの女王の乗船がある海港クロード・ロラン · 1648年ロンドン・ナショナル・ギャラリー作品の解説を読む →

ロイスダールの《ウェイク・バイ・ドゥールステーデの風車》は1668〜1670年頃の作品です。風車が大きく立ち、前にはレック川、奥には町の建物が見えます。

低い土地、水、広い空が、風車へ視線を集めるように組み合わされています。実在する場所を主題にしていても、何を大きく、どこを明るく見せるかは構図の仕事です。

クロード・ロランの《シバの女王の乗船がある海港》は1648年、ブイヨン公の注文で描かれました。クロードはフランス出身で、ローマを拠点に仕事をした画家です。左右の古典的な建物と、奥へ開く海が、均衡のある理想的な港をつくります。

ここにも旧約聖書の人物が登場しますが、広い港と朝の光が大きな役割を持っています。ローマで描かれた絵を、すべて激しい宗教場面へまとめないための比較です。

二枚は約20年離れ、主題と注文も異なります。「オランダは写実、イタリアは理想」という二択を覚えるより、構図・光・場所の関係を一枚ずつ説明してみましょう。

絵を見る手がかり風車に集まる空と川、海港の左右の建築と中央の光を比べる。

この節の出典・画像の利用条件

アムステルダム国立美術館 / The Windmill at Wijk bij Duurstede ↗
確認箇所:Description / Creation:1668–1670頃、低地・水・空の構図

ナショナル・ギャラリー / Seaport with the Embarkation of the Queen of Sheba ↗
確認箇所:Overview / In-depth:1648、ローマ、ブイヨン公、理想の港

メトロポリタン美術館 / Baroque Rome ↗
確認箇所:教会の統合環境・光、注文、描線と色、画家の移動

画像:Jacob van Ruisdael《ウェイク・バイ・ドゥールステーデの風車》/Wikimedia Commons / Public Domain Mark
Commonsはパブリックドメインと表示。所蔵館の画像規程の適用範囲には留保がある。
画像:Claude Lorrain《シバの女王の乗船がある海港》/Wikimedia Commons / Public Domain Mark
画像の出典 / Public Domain Mark(画像情報:2026-09-26 確認)
忠実な二次元作品複製の扱いや所蔵館の画像規程には、利用地域による差があり得ます。

注文も画家も、境界を越える

地域を分けた後、どこでつながり直す?

ホメロスの胸像を見つめるアリストテレス。哲学者が胸像の頭へ右手を置き、左手を腰の金鎖へ近づけている。
ホメロスの胸像を見つめるアリストテレスレンブラント・ファン・レイン · 1653年メトロポリタン美術館(ニューヨーク)作品の解説を読む →
平和を表す女性の周囲に果物と子どもが集まり、背後でミネルウァがマルスを押し返す。
平和と戦争ルーベンス · 1629〜1630年ロンドン・ナショナル・ギャラリー作品の解説を読む →

レンブラントの《ホメロスの胸像を見つめるアリストテレス》は1653年、シチリアの注文者のために描かれました。マウリッツハイスにある別作《ホメロス》も、シチリアのアントニオ・ルッフォの注文です。

胸像に触れる哲学者と金の鎖を、所蔵館は名声をめぐる思索として解釈しています。見える動作と、その意味を読む解釈を分けて考えましょう。

南部ネーデルラントのルーベンスは、外交にも携わりました。《平和と戦争》は1629〜1630年に制作され、イングランド王チャールズ1世に贈られました。この時、画家はスペイン王の使節としてロンドンを訪れていました。

知恵の女神が戦争の神を押し返し、平和を示す女性の周囲へ豊かな物と子どもが集まります。神話の人物を使って、平和と繁栄の関係を伝える寓意です。

片方はシチリアへ向かった注文、もう片方はロンドンでの外交的な贈り物です。画家の出身地だけでは、作品の受け手や役割は決まりません。

絵を見る手がかり胸像に触れる手と鎖、戦いを押し返す人物と、前景の子どもたちを見比べる。

この節の出典・画像の利用条件

メトロポリタン美術館 / Aristotle with a Bust of Homer ↗
確認箇所:Overview / details:1653、シチリアの注文

マウリッツハイス美術館 / Homer ↗
確認箇所:概要・Provenance:1663の別作もシチリアのルッフォ注文(比較根拠)

メトロポリタン美術館 / Low Countries, 1600–1800 A.D. ↗
確認箇所:Overview:共和国と南部、1648、市民の注文

ナショナル・ギャラリー / Minerva protects Pax from Mars ↗
確認箇所:Overview / In-depth:1629–1630、外交・贈呈

画像:Rembrandt van Rijn《ホメロスの胸像を見つめるアリストテレス》/Rembrandt van Rijn, The Metropolitan Museum of Art, CC0.
画像の出典 / CC0 1.0 / The Met Open Access(画像情報:2026-09-07 確認)
メトロポリタン美術館のOpen Access画像です。
画像:Peter Paul Rubens《平和と戦争》/平和と戦争 — The National Gallery, London / Wikimedia Commons
画像の出典 / Public Domain Mark(画像情報:2026-09-10 確認)
Public Domain表示の画像です。忠実な複製画像の扱いは国・地域によって異なります。

一枚を、四つの問いで読み直す

初めて見る作品にも、この見方を使える?

光と身振りは、宗教の物語にも、市民隊の肖像にも使われます。静かな画面でも、筆触や物の配置は視線を動かします。

注文、市場、信仰、生活空間は、絵を見るための手がかりです。一つの社会条件から、一つの画風が必ず生まれると考えないようにしましょう。

この比較は17世紀の全体を網羅するものではありません。天井画と建築、版画の流通、スペイン宮廷、フランスの古典的な絵画は、別の具体例でさらに深める範囲です。

絵を見る手がかり①何の場面か、②光と姿勢はどこへ導くか、③誰が求めた絵か、④どこで見る絵か。未確認なら「分からない」を残す。

この節の出典・画像の利用条件

ローマ市公式観光局 / Caravaggio in Rome ↗
確認箇所:PDF第25頁(印刷頁25):左側面、1599年7月〜1600年7月

アムステルダム国立美術館 / Why Is The Night Watch So Famous? ↗
確認箇所:作品比較:動作、光、集団肖像

アムステルダム国立美術館 / The Milkmaid ↗
確認箇所:Description / Creation:1660頃、細い流れ、点状筆触

メトロポリタン美術館 / Still Life with Oysters, a Silver Tazza, and Glassware ↗
確認箇所:Overview / Artwork Details:1635、油彩・板、反射、割れたガラスと暦

メトロポリタン美術館 / Baroque Rome ↗
確認箇所:教会の統合環境・光、注文、描線と色、画家の移動

メトロポリタン美術館 / In Praise of Painting: visiting guide ↗
確認箇所:導入・宗教・市民市場・多様な主題

メトロポリタン美術館 / Allegory of the Catholic Faith ↗
確認箇所:Overview / audio:1670–1672頃、公開ミサ規制、隠れ教会は解釈

ナショナル・ギャラリー / Belshazzar’s Feast ↗
確認箇所:Overview / In-depth / Key facts:1636–1638頃、主題、光、注文不詳

ナショナル・ギャラリー / Seaport with the Embarkation of the Queen of Sheba ↗
確認箇所:Overview / In-depth:1648、ローマ、ブイヨン公、理想の港

メトロポリタン美術館 / Low Countries, 1600–1800 A.D. ↗
確認箇所:Overview:共和国と南部、1648、市民の注文

この章で見えてきたこと

  • 劇的な光と静かな光は同時代に共存し、どちらにも視線を導く工夫がある。
  • 宗教の制度、絵の主題、注文者、設置場所は別々に確認する。
  • 市民の絵画市場にも、集団肖像などの注文作品がある。
  • 生活や物を描く絵は、観察の楽しさと解釈を分けて読む。
  • 地域の違いを知ったうえで、移動する画家と、境界を越える注文を見る。

《牛乳を注ぐ女》とヘーダの静物を大きく開き、「光が当たる場所」と「視線が止まる場所」を二つずつ探してください。次に《召命》と《夜警》で、手や身体が示す方向を言葉にしてみましょう。

この13図版を選んだ理由

光の劇的な比較2点、同じ画家の私的宗教画1点、共同する身体1点、市民隊の集団肖像比較2点、静かな室内1点、オランダのカトリック表現1点、物の反射と時間1点、風景と構図の比較2点、地域を越える注文と外交2点。役割を足すと13図版になり、点数目標から逆算していません。静物の軸は既存画家だけでは補えないため、ヘーダを教材図版として追加しました。天井画・カラッチの古典主義・版画・植民地と交易の詳しい関係・スペインとフランスの制度比較は、独立した図版と資料で深める対象です。

この時代を本で読む

図版で時代をつかむ

西洋絵画の歴史2 バロック・ロココの革新

高橋裕子 著・高階秀爾 監修
小学館

カラヴァッジョ、レンブラント、フェルメールらから、バロックとロココの絵画を図版とともにたどる入門書。この章で比べた画家たちを、時代全体へつなげて読むために。

出版社の紹介を見る ↗

地域と注文の背景を深く読む

西洋美術の歴史6 17〜18世紀―バロックからロココへ、華麗なる展開

大野芳材・中村俊春・宮下規久朗・望月典子 著
中央公論新社

17〜18世紀の各国の美術を扱う通史。イタリアやネーデルラントの展開、レンブラントやフェルメールの作品解釈を詳しく読むために。

出版社の紹介を見る ↗