ルネサンスとのつながりを読む
西洋美術の歴史4 ルネサンスI―百花繚乱のイタリア、新たな精神と新たな表現
イタリア・ルネサンスを扱う通史のなかに、マニエリスムの再評価やポントルモ、ロッソの節があります。前の時代とのつながりから読み進めるために。
出版社の紹介を見る ↗身体と技巧の選択 · 16世紀
身体・技巧・宮廷・版画から読む
整った形を知る画家は、身体や空間をどのように組み替えたのでしょう?
聖母子のまとまりから始め、素描の線、長い身体、宮廷の肖像へ進みます。そのあと装飾と版画、ヴェネツィア、トレドの作品を比べ、技巧が何を見せるために使われたかを読みます。
1510年頃のラファエロを比較の入口に、16世紀のイタリア、フランスの宮廷、トレドへつながる例を取り上げます。絵画だけでなく素描と版画も掲載します。《長い首の聖母》は所蔵館の出典から全景を確認できます。各地域の全作家を網羅する章ではなく、作品の条件を比較するための選択です。
整った構図を学んだ画家が、なぜ形を複雑にしたのでしょう?

マニエリスムという名前は、イタリア語のマニエラ(様式、描き方)に由来します。イタリアでは、おおむね1520〜1600年頃の動向を指し、ラファエロやミケランジェロの作品を受け継ぎながら、複雑な構図や技巧を際立たせました。
入口に置いたラファエロの《アルバの聖母》は1510年頃の作品です。NGAの学芸員は、聖母と幼児二人が身体と視線でつながり、円形の画面の中へ見る人の目を導くと説明しています。
ここでは、聖母の広がる膝が下部を支え、三人の顔と十字架が近い範囲に集まっています。後の作品では、このまとまりと比べて、身体がどの方向へ伸びるか、どこで重なるかを確かめます。「上手な絵の後に下手な絵が来た」という順番では、形を選び直す工夫が見えなくなります。
絵を見る手がかりまず聖母の膝から頭へ、次に幼児二人の視線と十字架へ。円形の枠の中を一周してみます。
メトロポリタン美術館 / Mannerism: Bronzino and His Contemporaries ↗
確認箇所:本文:maniera、1520〜1600年頃、盛期ルネサンスとの関係、ブロンズィーノと宮廷
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート / The Alba Madonna ↗
確認箇所:制作年代、学芸員Gretchen Hirschauerの音声解説:円形の構図と視線のつながり。画像全景も確認
聖母子の周りに人物を増やすと、視線の通り道はどう変わるでしょう?

この素描は1514〜1522年に制作され、赤チョーク、筆、赤い洗いで描かれています。メトロポリタン美術館は、ポントルモの初期の仕事として位置づけ、師アンドレア・デル・サルトから受けた影響にも触れています。
画面では、中央に向かって傾く顔と、斜めに伸びる幼児の身体が密に重なっています。《アルバの聖母》の広く開いた風景とは違い、人物の間の隙間を探しながら読む構図です。線の濃淡をたどると、人物の外形だけでなく、どの身体を前へ出すかという組み立ても比べられます。
素描には、姿勢を試す過程が見える場合があります。ただし、紙の上の重なりをそのまま完成画の色や空間と同じものとして扱うことはできません。ここでの比較は、聖母子という主題をどう配置するかに絞ります。
絵を見る手がかり中央の幼児、その下の身体、上から近づく顔を順にたどります。完成した輪郭だけでなく、重なった線も見ます。
メトロポリタン美術館 / Virgin and Child with Saints ↗
確認箇所:作品解説、制作年代1514–22、赤チョークと洗い。所蔵館画像全景
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート / The Alba Madonna ↗
確認箇所:制作年代、学芸員Gretchen Hirschauerの音声解説:円形の構図と視線のつながり。画像全景も確認
不自然に長い形と、未完成の部分は、同じ問題なのでしょう?

《長い首の聖母》は、1534年にエレナ・バイアルディ・タリアフェッリが、パルマのサンタ・マリア・デイ・セルヴィ聖堂のために注文した祭壇画です。パルミジャニーノが1540年に亡くなったとき、作品は未完成で工房に残っていました。1542年に本来の祭壇へ置かれ、完成できなかった事情を伝える銘文が加えられました。
ウフィツィの解説は、眠る幼児を将来の十字架上の死と結びつけています。柱と聖母の長い首の関係は、聖母をたたえる賛歌への参照である可能性として説明しています。形が伸びていることは確かめられても、その象徴的意味は一つに確定した事実として扱わない方がよいでしょう。
この例では、長く整えた身体の表現と、描き終えられなかった箇所を分けて読むことが大切です。未完成という制作上の状態だけで、身体の比例の選択すべてを説明することはできません。注文、描かれた形、設置までの経緯を合わせると、様式名だけでは見えない作品の事情が分かります。
絵を見る手がかり図版で聖母の首と指、眠る幼児、右奥の柱と小さな人物を見比べます。
ウフィツィ美術館 / Madonna and Child with Angels (Madonna with the long neck) ↗
確認箇所:Monica Alderottiの本文:1534年の注文、1540年の未完成、1542年の設置、眠る幼児と柱の解釈
Uffizi Galleries / Madonna and Child with Angels (Madonna with the long neck) ↗
確認箇所:作品名 / 作者 / 制作年 / 所蔵・コレクション
Wikimedia Commons / Madonna and Child with Angels (Madonna with the long neck) — file description ↗
確認箇所:Summary / Licensing / File history
本、衣服、家具は、人物について何を伝えているでしょう?

《若い男の肖像》は1530年代の板に描いた油彩画です。描かれた人物の名前は分かっていません。ブロンズィーノ自身も詩を書いていたことが、所蔵館の解説に記されています。
所蔵館は、人物を画家の文学仲間に関係する青年と考え、持っている本はおそらく詩集だと説明しています。家具や衣服に潜む怪物のような顔は、青年の整えられた外見も一種の仮面かもしれない、という読みにつながっています。これは作品から提案された解釈で、人物の正体が判明したという意味ではありません。
実際の画面では、黒い衣服の細かなひだと、指や襟の明るい部分が対比されています。左右の手を比べると、一方は本を示し、もう一方は身体の幅を強調しています。肖像を読むときは、顔つきから性格を決めるより、どの道具や姿勢が選ばれたかを確かめると、絵の仕掛けを具体的に捉えられます。
絵を見る手がかり本に触れる手、腰に置いた手、卓の縁の顔形の装飾を順に探します。
メトロポリタン美術館 / Portrait of a Young Man ↗
確認箇所:本文:人物の同定は不明、本はおそらく詩集、家具のグロテスク装飾。作品情報と全景
似た肖像でも、作者の表示や道具の役割は同じでしょうか?

ブロンズィーノは1540年までに、フィレンツェのコジモ1世の宮廷で主要な画家となりました。公爵による注文は、彼の制作の大きな部分を占めました。
ここに掲載した《コジモ1世・デ・メディチの肖像》は、所蔵館が「ブロンズィーノの工房」に帰属させている作品です。板に油彩で描かれ、作品ページには制作年の記載がありません。題名の1519〜1574年は描かれた人物の生没年であり、この絵の制作期間ではありません。
本を持つ青年と比べると、この肖像では金属の鎧と兜が人物を囲んでいます。光る鎧、暗い背景、赤い布がそれぞれ異なる質感を見せています。何を身につけ、何に手を置くかを比較すると、肖像が一つの顔を記録する以上の働きを持つことが読み取れます。
同時に、工房作という表示を見落とすと、掲載図版をすべてブロンズィーノ本人の筆と考えてしまいます。作品の作者表示は、人物の名前や様式名と分けて確認する必要があります。
絵を見る手がかり鎧の表面、胸の装飾、兜へ向かう手を見ます。前の青年の本と衣服にも戻って比べます。
メトロポリタン美術館 / Mannerism: Bronzino and His Contemporaries ↗
確認箇所:本文:maniera、1520〜1600年頃、盛期ルネサンスとの関係、ブロンズィーノと宮廷
メトロポリタン美術館 / Cosimo I de’ Medici ↗
確認箇所:Artist: Workshop of Bronzino、Oil on wood、08.262。制作年の記載なし。全景
メトロポリタン美術館 / Portrait of a Young Man ↗
確認箇所:本文:人物の同定は不明、本はおそらく詩集、家具のグロテスク装飾。作品情報と全景
技巧を凝らすことは、人体の比例以外にどこへ現れるでしょう?

《精巧な髪形の女性の胸像》は1530〜1537年の素描です。ロッソが黒チョークで描いた部分に、後の手によるインクや洗いの加筆があります。装飾的な台紙と下の銘文は収集家ジョン・タルマンによるもので、彼のジュリア・ゴンザーガという人物同定は誤りだったと所蔵館は説明しています。
所蔵館はこれを、特定の女性の肖像と断定するのでなく、理想的な美しい女性像として説明しています。髪と衣服には曲線が繰り返され、身体のひねりと装飾の細部を一緒に追える構成です。制作後に加わった部分もあるため、見えている線をすべてロッソのものとして評価しないことが大切です。
ロッソは1530年にフォンテーヌブローへ到着し、プリマティッチョらとフランソワ1世の宮殿の装飾に関わりました。そこでの仕事は、絵画、建築、浮彫りや木工を室内で組み合わせるものでした。
この素描そのものが宮殿の特定の壁の下絵だと確認されているわけではありません。ここでは、装飾の曲線を楽しむ図と、画家が絵画以外の装飾にも関わる仕事の広がりを、二つの入口として読みます。
絵を見る手がかり髪を束ねる渦、肩の布、背中の留め具をたどります。外側の台紙と銘文も区別して見ます。
メトロポリタン美術館 / Bust of a Woman with an Elaborate Coiffure ↗
確認箇所:Carmen C. Bambachの解説:理想的な女性像、S字形、後の加筆と台紙、人物名の誤同定。全景
メトロポリタン美術館 / Fontainebleau ↗
確認箇所:本文:1530年ロッソ、プリマティッチョ、絵画と室内装飾の協働、1540年代の版画
「ロッソの作品」と呼ぶだけでは、何を見落とすでしょう?

《ディアナ》は、1526年の神々を描く20点の版画連作の一枚です。ロッソが原図を描き、カラリオがエングレーヴィングにした作品として所蔵館に登録されています。
人物は壁龕の中に立ち、上半身をひねって矢へ手を伸ばしています。腰と肩の向き、曲がる腕を追うと、静止した身体の中にも複数の方向が組み合わされています。背景を埋める細い線と、身体の明るい部分の差が、輪郭を読みやすくしています。
原図を考える人と、版に移す人が別にいることは、この図の作者表示から確認できます。絵画史を画家一人の仕事だけでたどると、こうした協働が抜け落ちます。線や姿勢を比べるときにも、何の技法で、誰が形にした図なのかを確認します。
絵を見る手がかりディアナの両肩と腰の向き、引き抜く矢、右下の鹿を見ます。背景の細かな線とも比べます。
メトロポリタン美術館 / Diana, from Mythological Gods and Goddesses ↗
確認箇所:本文と作品情報:1526年、20点の連作、Caraglio after Rosso、エングレーヴィング。全景
絵の大きさが変わると、形を読む距離はどう変わるでしょう?

《恋人たち》は1527〜1530年のエッチングで、掲載した刷りは二段階ある版の第二ステートです。ステートは、同じ版に修正を加えるなどして生じる版の状態の区別を指します。所蔵館が記す大きさは14.8×10.5センチです。
パルミジャニーノは版画で自分の構想を広めることに関心を持ち、1520年代半ばには自らエッチングに取り組みました。所蔵館の解説は、蝋を使った防蝕層に線を引く方法が、素描のような描き方を版へ移すことにつながったと説明しています。
この図では、人物の腕や脚を囲む線と、木や茂みの細かな線が違う密度で現れています。《ディアナ》の壁龕を埋める規則的な線と比べると、同じ白黒の版画でも、面を作る方法の違いが見えます。細部を拡大したあとで全景へ戻ると、人物が自然の中でどのくらいの大きさを占めるかも確かめられます。
絵を見る手がかり人物の輪郭、樹木の線、暗い茂みの密度を分けて見ます。紙の全景から細部へ近づきます。
メトロポリタン美術館 / The Lovers ↗
確認箇所:本文:デザインを伝える版画、1520年代半ばのエッチングへの取り組み。1527–30、第二ステート。全景
メトロポリタン美術館 / Diana, from Mythological Gods and Goddesses ↗
確認箇所:本文と作品情報:1526年、20点の連作、Caraglio after Rosso、エングレーヴィング。全景
ゲティ研究所 / Categories for the Description of Works of Art: State ↗
確認箇所:StateのDiscussion:版に変更を加えると新しいstateとなる
フィレンツェの例で見た工夫は、別の都市でも同じでしょうか?


ティントレットの《パンと魚の奇跡》は1545〜1550年頃の作品で、高さ154.9、幅407.7センチの大画面です。所蔵館は、こうした横長の構図を、礼拝堂や信心会の会館、宮殿の長い広間の壁を飾るヴェネツィアの絵画と結びつけています。ティントレットは大きな作品を助手と協働して制作しました。
小さな《恋人たち》と比べると、ここでは人々が横に広がり、近い位置と遠い位置を行き来して読む画面です。全景では、人物の身振りと衣服の色が、複数の集まりをつないでいます。掲載画像に含まれる額縁も含めて見ると、画面の横長さをまず確かめられます。
エル・グレコの《神殿から商人を追放するキリスト》は1570年以前頃の作品です。NGAは、スペインへ移る前のヴェネツィアで描かれ、建築の複雑な遠近法、人物の動き、色の扱いに現地の画家からの影響があると説明しています。
柱やアーチが奥へ続く空間の中で、人物の身体は前へ張り出しています。同じ都市を通った画家でも、絵の用途、画面の大きさ、主題によって構図は変わります。様式名で共通点を探すときも、土地と作品ごとの条件を残して比べると、違いがよく見えます。
絵を見る手がかり横長の奇跡の場面では人々の集まりを左右に追い、エル・グレコでは柱とアーチ、中央の身振りを比べます。
メトロポリタン美術館 / The Miracle of the Loaves and Fishes ↗
確認箇所:本文:横長画面とヴェネツィアの建築空間、助手との協働。1545–50頃、154.9×407.7cm。全景
メトロポリタン美術館 / The Lovers ↗
確認箇所:本文:デザインを伝える版画、1520年代半ばのエッチングへの取り組み。1527–30、第二ステート。全景
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート / Christ Cleansing the Temple ↗
確認箇所:作品情報と学芸解説:1570年以前頃、ヴェネツィアでの制作、建築の遠近法と色。自動生成のVisual Descriptionは根拠に使わない
身体が伸びていることは、いつも同じ意味を持つのでしょうか?

《聖マルティヌスと乞食》は1597〜1599年の作品で、トレドのサン・ホセ礼拝堂のために注文されました。聖人が寒さに震える貧者へ外套を分けたという伝承を描いています。
NGAの解説は、聖人の比較的自然な比例と、引き伸ばされた貧者の身体を対比しています。貧者の歪んだ形を、のちに夢の中で明かされるキリストの姿と結びつける読みも提示しています。この象徴的な読みは所蔵館の解釈として、確認できる比例の違いと分けて捉えます。
実際に画面を見ると、馬にまたがる聖人と、立つ貧者が高くそびえ、風景は足元の低い位置にあります。身体の長さだけでなく、視点と遠景の置き方が人物の大きさを強めています。「マニエリスムだから長い」と終えるより、誰の身体が、何に対して長いのかを比べる方が、作品ごとの表現を捉えられます。
この章では、宗教画、肖像、素描、版画を別々の条件で読みました。マニエリスムを一つの形の決まりと考えず、受け継いだ技法をどこで際立たせたかを見るための名前として使うと、前後の時代との比較も続けられます。年代の境目を、すべての画家が同時に描き方を変える日付と考える必要はありません。
絵を見る手がかり聖人と貧者の頭、胴、脚の長さを比較し、そのあと馬と低い遠景を見ます。
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート / Saint Martin and the Beggar ↗
確認箇所:制作年代1597/1599、学芸解説:サン・ホセ礼拝堂、低い視点、人物の比例の違い。1942.9.25。自動生成文は根拠に使わない
メトロポリタン美術館 / Mannerism: Bronzino and His Contemporaries ↗
確認箇所:本文:maniera、1520〜1600年頃、盛期ルネサンスとの関係、ブロンズィーノと宮廷
好きな二つの図版を選び、身体の向き、画面の奥行き、道具か装飾を一つずつ比べてみましょう。見えた違いをまず書き、所蔵館が確かめた事実と、提案している解釈を分けて読むと、様式名だけに頼らず説明できます。
掲載許可を確認できる所蔵館の全景図版で、宗教画、肖像、素描、二つの版画技法を比較できるように選んだ。工房作・後の加筆・未完成・同定不明・図像解釈の不確かさを本文で明示し、様式の特徴を一律の原因へ還元しない。
ルネサンスとのつながりを読む
イタリア・ルネサンスを扱う通史のなかに、マニエリスムの再評価やポントルモ、ロッソの節があります。前の時代とのつながりから読み進めるために。
出版社の紹介を見る ↗寓意と表現を掘り下げる
寓意、人体の比例、ずれた消失点などを論じる芸術論。1994年刊の文庫版で、マニエリスムを「危機の芸術」と捉える著者の解釈を深く読む一冊です。
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